Japan as Number One?

 昨年の4月の終わりからオハイオに来て、もうすでに11か月が経とうとしています。私の留学生活も残り約1週間足らずとなりました。ついこの間まで春休みで、カリフォルニア州のロサンゼルス市に旅行に行ってきました。夏休みに数日間ニューヨークにも行ってきましたが、ロサンゼルスはニューヨークよりも比較的治安が良いかなーという印象でした。もちろん場所によっては「あ、ここ危なそう」って感じることもありましたけど。サンタモニカ・ディズニー・ハリウッドをメインに回りましたが、オハイオに比べて温暖な気候でとっても過ごしやすかったです。ただ日中と夜間の気温差が大きいので、この時期にLAに旅行に行く人は何枚か羽織るものを持っていくべきかな。

 今は極寒のオハイオに戻ってきました…。極寒と言うのは言い過ぎで、実はオハイオもこの時期になると5度前後の日が続きます。未だにコートは必須ですが、日差しが出るとだいぶ春の雰囲気を感じれるようになってきました。さてさて、今日の本題。今日は留学生や海外旅行者等、海外経験者の中でよく聞かれる"やっぱり日本が一番"説について書いてみたいと思います。

 

-やっぱり日本最高-

「日本ってやっぱり恵まれてる」

「日本がやっぱり1番だよね」

「日本に生まれて良かった」

 

 海外経験者の中で結構頻繁に聞かれる言葉かなと思います。海外で一定期間生活した人が日本のコンビニや日本食、公共交通機関、公共施設の清潔さなどなど、日本に対する誇りをより強く感じるようになることは珍しいことではないはず。

 

 ただ、日本食の美味しさや24時間営業のコンビニ、時間に正確な公共交通機関の存在から「日本が1番である」と結論付けて良いのかなと、ちょっともやもやした気持ちになります。とういうのも、多くの日本人は留学や海外旅行経験があっても圧倒的に日本で生活した年数が多いわけで、大抵その人たちの五感は日本化されているはず。長期間日本の社会、日本の文化の中で生きてきていれば、考え方や習慣、味覚や嗜好はきっと日本人の平均値に近づいていくと思います。日本文化・社会への"慣れ"や"あたりまえ化"と言っても良いかなと...(社会学用語だと"社会化"が当てはまるかな)。24時間コンビニはあって当たり前、納豆だって和菓子だって子どもの時から食べてきた大好物。(もちろん個人差、地域差はあると思うけど。)

 

 そんな慣れた世界から一歩出て、海外で生活してみると、なんとびっくり。今まで慣れ親しんだ和食なんてそう簡単に食べれるものじゃないし、コンビニなんて町に一個あればラッキー。慣れた環境から一歩出た世界はとっても不便に感じるに違いない。でも実は、その不便に感じる世界は小さい時からその場所で住んできた人にとっては不便どころか、慣れた便利な環境なんだと思います。コンビニが無いのは当たり前だし、和食じゃなくてピザとかハンバーガーを食べれれば十分幸せ。

 

-「やっぱり日本一番」の発想に潜むエスノセントリズム-

 こんな感じに私の留学しているアメリカで考えても、自分にとってアメリカの環境はちょっとストレス感じるアンコンフォートゾーンでも、逆にアメリカ人にとってはアメリカの環境がコンフォートゾーン。"自分のコンフォートゾーン"=No.1とするのは、とっても危うい考え方かなと思います。自分さえ心地良いと思えればその環境は世界で1番の環境でしょうか?この思考はエスノセントリズム(自文化中心主義)につながりかねないとちょっと恐怖感を感じます。

 

留学生の中にも実際、数か月または数年間の海外生活を終えて一言、「やっぱり日本が1番だわ」という感想をちょろっと言ってしまう人が一定数いると思います。個人的に別にその感想を持つことが悪いことだとは思いません。だって、長年住んできた日本がコンフォートゾーンであることは正直当たり前で、逆に20歳で初めてアメリカに行って日本よりアメリカの方が居心地良いなって思う人って少数派な気がします(アメリカに10年前後住んでたりしてアメリカで再社会化できる人もいるとは思うけど)。日本が一番と思うことはある意味しょうがないし、そう思って当たり前。でもそこから日本文化や日本社会が世界中で1番だと思ってしまうのはあまりに浅はかで危険な発想だと思います。

 

日本文化は私のコンフォートゾーン、アメリカ文化はあなたのコンフォートゾーン。どっちがBetterもWorseもない。「日本の方が俺にはあってるけど、君の文化もなんか素敵じゃん」っていう感想が個人的には好きかな。

 

ps. ちなみにタイトルの「Japan as Number One」は日本の高度経済成長の要因分析と、日本社会や日本人の特性について書いた名著。40年くらい前に出版されたみたいですが、ちょっと今回の投稿に良い感じにマッチしてたのでタイトル拝借しました。

きょうだいの日?一風変わったアメリカの大学文化

前の投稿からかなり日が経ってしましましたが、今回は面白いなと感じたアメリカの大学文化についてフォーカスしてみようと思います。さて、私が学んでいる大学では今週末に「きょうだいの日」と呼ばれるイベントがあります。英語では"Sibs(Siblings) Weekend"と呼ばれ、どうやら1年に一度行われているようですね。他の米国内の大学でも同じ時期、2月の初めに似たようなイベントが行われているようです。調べてみたところ、アメリカでは4月10日が兄弟姉妹の日(National Siblings Day)として定められているようなのですが、なぜ大学ではこの時期に祝うようになったのかはちょっと不明です。アメリカでは4月の終わりから5月の初めにかけて春学期の期末試験があるので、4月に入ると期末試験が近くなるからという理由でしょうかね…

さてさて、とにかく多くのアメリカの大学にはこの"Siblings Weeked"と呼ばれるイベントが毎年行われているようです。私の大学ではヒップホップコンサートとかバレーボールの試合とかいろいろなイベントがこの週末に合わせて行われます。学生が兄弟姉妹を大学に招いて一緒にパーティーをしたり、大学のキャンパスを紹介したり、とにかく兄弟姉妹同士で楽しい時間をともにする、そんな週末です。このようなイベントは、実はお母さんver.とお父さんver.もあって、それぞれ"Dad's Weekend," "Mom's Weekend"と呼ばれています。日本で言う大学祭のような大きなイベントではないですが、これらのイベントの週末になると、お母さんやお父さんと一緒にキャンパス内を歩いていたり、食堂で食事をしている学生をよく見かけます。

日本の大学でもオープンキャンパスなどで高校生が両親と一緒に大学見学をするという光景は当たり前のように見かけますが、日常の大学生活で在学生が両親と一緒にキャンパスを歩いている光景はなかなか見ない気がします。少なくとも私が日本で籍を置いている大学ではないですし、もちろん"Siblings Weekend"なんていうイベントも聞いたことがありません。もしかしたら日本でも欧米の影響を受けた私立大学は同じようなイベントをしてたりするのかも…ちなみに、日本でもどうやら兄弟姉妹の日がそれぞれあるようですが、知っている人なんてほんの一握りでしょうね。

 

 

-家族との距離感 in America

もちろんこれは人それぞれ、家庭によって違うことなので、アメリカ人全体を当てはめることはできないですが、少なくとも私が知っているアメリカ人はとにかく家族との親密感が強い。お母さんとはもちろん、お父さん、兄弟姉妹。家族との写真をよくSNSに載せているのを見ると、日本人との違いを感じてしまいます。私の通っている大学は州立大学ということもあって、州内からの学生が多いということもあるかもしれませんが、「今週末は実家に帰るから!」とかなり気軽な感じで片道数時間かけて実家に頻繁に帰ったりする学生もそこそこいます。ThanksgivingChristmasももちろん家族と過ごしますしね。私の仲の良い友人は姉妹で同じ大学に通っていますが、正直そのイチャイチャ度には最初衝撃を受けました。アメリカは離婚率がものすごく高いので、結構複雑な家庭構成の友人もいるのですが、それでも家族のことが好きだということがひしひし伝わってきます。家族には"I love you"も結構頻繁に使うようですし。日本人の私からすると家族に"I love you"は正直なところ少し気が引けます。あるアメリカ人の友人は家族が恋しいからという理由で(本人に直接聞いたわけではないですが)実家の近くの大学に編入してました。

 

 

-家族との距離感 in Japan

一方、日本人の学生はどうでしょう…日本の大学には"母の日"や"父の日"、ましてや"兄弟姉妹の日"のようなイベントは基本的にありませんし、大学から私の実家は車で約3時間ほどの距離であるにも関わらず私の帰省率は良くて年に2回、年末年始と夏休みといったところです。ちなみに私の他県からの友人も同じような頻度。かえって、日本人には、特に日本人の若年者には"家族と仲良しなのはカッコ悪い"という風に捉える風潮があるように思います。これね、「マザコン(マザーコンプレックス)」や「ファザコン(ファザーコンプレックス)」、「シスコン(シスターコンプレックス)」、「ブラコン(ブラザーコンプレックス)」という言葉によく体現されていると思うんです。4大コンプレックスとでも言いましょうか。家族への依存度や愛着の強さはこれらの言葉とセットでネガティブな文脈の中で語られることが多いような印象を受けます。家族の仲良しエピソードを話していると、こういった用語によってからかわれたなんていう経験をしたことがあるのはきっと私だけではないはず。アニメやドラマなんかでも、よく"兄妹間の禁断の愛"なんてテーマを扱ってたりするのも影響してるかもしれません。キャンパスの中を家族と歩いてるなんてもってのほか!!とまではいかないかもしれないですが、きっと恥ずかしさを感じる日本人は少なくないはず。

 

今週末の"Siblings Weekend"。アメリカの家族文化がよく表れたイベントであるとも言えるかもしれないですね。私からすると一風変わったアメリカの大学文化。アメリカ人からすると"Dad's weekend"も"Mom's weekend"も"Sibs Weekend"すらない日本の大学は一風変わっているのかもしれません。

 

今回はアメリカの大学文化を通して日米の家族関係について取り上げてみました。

Happy Sibs Weekend :)

アパラチア地域におけるセクシュアルマイノリティー

せっかくの冬休みなので、秋学期に吸収した学びをできる限り言語化できたらと思います。一つ前は移民についての投稿をしましたが、今回はジェンダー学のクラスで学んだことをもとに自分が考えたことを記しておきたいと思います。

 

-アパラチア地域って?

アパラチアと聞くと恐らく誰もがアパラチア山脈を想像すると思います。その通りで、アパラチア地域というのはアパラチア山脈周辺の地域、オハイオ南東部やウェストバージニア、ケンタッキー東部等を含む広大な地域を指します。ヨーロッパ系移民がアメリカに移住した際に、多くの人はアパラチア山脈を越えて住みやすい平野を目指したのですが、あまりにも厳しいその旅路から一定数の移民は山脈超えをあきらめ、山脈のすぐ周辺にコミュニティーを形成したのが現在のアパラチア地域の始まりだとされています。このアパラチア地域はその閉鎖的な地理的特徴から、そこに住む人々は狭い心を持ち、頑固で敬虔だというステレオタイプを植え付けられてきました。さらにはそういったステレオタイプから派生して、無学で無知な人々であるというイメージまで広がっていきます。アパラチア地域の人々を指す言葉、"Hillbully"や"Redneck"は「野蛮で意地悪な白人」という意味合いを含んでいます。アパラチアの人々は歴史的にネガティブなイメージの対象となってきたのです。

 

-偽りのイメージが引き起こす内面化

ネガティブなステレオタイプを植え付けられたアパラチアの若者はそのイメージが真実であると無意識に思い込みます。これによって生じるのが多様な若者の流出です。ここで言う多様な若者の典型がセクシュアルマイノリティーの若者でしょう。彼らはアパラチアの人々の頑固で陰湿かつ敬虔だというステレオタイプを信じ込み、自らのセクシュアリティーをカミングアウトすることを恐れ、LGBTQ+のコミュニティーが多く組織されているニューヨークや他の大都市部へと流出するようになります。結果的にアパラチア地域は同一性、単一性をより強化されることになると考えられます。例えば、セクシュアルマイノリティーの若者が外部流出することで、アパラチア地域で暮らすセクシュアルマイノリティーの絶対数がもちろん減少します。これではLGBTQ+のコミュニティーを組織することがさらに困難となり、アパラチア地域内でのセクシュアルマイノリティーにとっての居心地は悪化していく。そしてさらに外部流出が拡大する。この負の循環は多様性に不寛容であるというステレオタイプをこの地域に内面化させてしまうんです。アパラチア地域はこの多様性の外部流出によって、単一性を強化しているとも言えます。

 

-アパラチア出身のセクシュアルマイノリティーが抱える矛盾

外部流出したセクシュアルマイノリティーの若者は大都市部でLGBTQ+コミュニティーの一員として迎えられ、"居場所"を得たかのように思えます。一方で、居場所を失ったかのような喪失感も同時に感じていることが多い。なぜか。アパラチア出身だからと言って、アパラチアにいて疎外感を感じてきた若者は顕著に多いわけではありません。事実、アパラチアに埋め込まれたステレオタイプはあくまでもステレオタイプであって、アパラチア地域の人々の性質を正しく表現していません。そのため、アパラチア出身であっても、温かい思い出とともに故郷に対する愛を持っている者も多いわけです。LGBTQ+としての居心地を求めて大都市部に移動した若者は同時に愛する故郷を離れなければいけないという葛藤経験をしていることになります。彼らはアパラチアンとしてのアイデンティティと自身のセクシュアリティのアイデンティティのはざまに生きているんです。さらにアパラチア地域の外の人々はアパラチアの人々をステレオタイプを通して差別的に扱います。アパラチアを自らの故郷と感じていても、アパラチアを離れた彼らが新たな地で自らのアパラチアンとしてのアイデンティティを表出することは容易ではありません。

 

-アパラチアと東北の類似性

アパラチアに対するステレオタイプを聞いて、東北出身の私は共感を持たずにはいられませんでした。東北に未だ残るステレオタイプ的なイメージ、伝統に縛られ高齢者しかいない、無学で頑固。そういったステレオタイプ的東北のイメージはセクシュアルマイノリティーの外部流出につながっているのではないかと推測できます。どうせカミングアウトしたところで受け入れてくれるはずがないという思い込みにつながり、セクシュアリティーについて悩む若者は自らのセクシュアリティーを受け入れてくれる居場所を求めて関東圏に流れていく。一方で最近の東北出身の若者は自らの東北人としてのアイデンティティに誇りを持っていたり、地元愛が強い傾向があるような気がしています。正確なデータはわからないですが、実際に私の友人にも地元志向の人が多い。きっと東北のセクシュアルマイノリティーの若者は自らのセクシュアルアイデンティティと東北人としてのアイデンティティの間で葛藤し、両方満たされることのないやり場のなさに苦しんでいるのではないかと思うんです。

 

 

日本の福祉系大学、学部の中でセクシュアリティーについて学べる機会があるところはどれだけあるでしょう。私の中の定義ではソーシャルワーカーの役割の一つは社会の多様性を促進することだと思っています。人間は一人一人が多様な側面を持っています。一人一人が抱える悩みもシンプルなものじゃない。その人のいろんな多面性が交差して人は悩む。多くの日本のソーシャルワーカー養成課程は高齢者、障害、子どもという典型的な福祉の対象だけを勉強して資格取得準備学校のようになってしまっている気がしてなりません。セクシュアリティーやエスニシティといった側面からも人を理解できるようなソーシャルワーカーであるべきかと個人的には思います。「ゲイに会ったら襲われそうで怖い」と福祉を学んでいる同期生が以前発言していたのを思いだしました。そんなことを躊躇なく発言できる日本にもどかしい気持ちでいっぱいです。

 

今回はアパラチアと東北におけるセクシュアルマイノリティーについて、先日まで履修していた授業の内容をもとに書いてみました。

 

Kenta

 

 

 

 

 

 

家父長制と移民男性

先日秋学期が終わり、アメリカの大学では冬休みが始まっています。この冬休みをどう過ごすかは人それぞれ。ほとんどのアメリカ人学生は実家に帰省して、家族とクリスマスやニューイヤーといった祝日を過ごすようです。留学生はというと、自国に帰省する人もいれば、国内を旅行する人もいます。ちなみに、私はそのどちらにも当てはまらない、“大学居残り組”です。留学生というと、「どうせお金持ちなんでしょ」とか「金持ちの子どもは遊び歩けていいよな」とかいう偏見を持たれたりするかもしれないんですが、大学を脱出できずにいる留学生もここにいるよ、ということをここに記しておきます。とは言え、クリスマスは州都に住んでいる知り合いの先生のお宅にお邪魔する予定で、今から楽しみです。私の中学時代のALTの先生なんですが、なんと中学卒業以来の約6年ぶりの再会なので少し緊張しています。他にも年明けにはテネシーにいるトビタテ同期生がオハイオに遊びに来てくれるのでそっちも楽しみ。

 

さて、こっちの大学では多文化ソーシャルワークをテーマに学んでいるのですが、ソーシャルワーク支援の一部である相談援助、いわゆるミクロ領域の支援はネイティブ同等の語学力が必要なので、こちらでは主にメゾ・マクロ領域から学んでいます。

秋学期に履修していた授業の一つ、「Race and Ethnic Relations(人種及び民族の関係)」はまさにマクロの視点から文化・人種・民族の衝突とその打開策について学びました。アメリカ社会に未だに根強く残る黒人差別だけではなく、ラテン系移民、アジア系移民に関連する問題点を何冊かのノンフィクション本を通して考察したのですが、中でもアジア系移民を題材にした書籍は考えさせられることが多かったので、ここに記録しておきます。*かなり堅苦しい内容です...

 

-I LOVE YOUS ARE FOR WHITE PEOPLE

タイトルからしてなかなか斬新で目を引くこの本。著者はLac Suという方で、自分自身のインドシナ難民としての経験(主に著者の幼少期)を描いています。このタイトル、「I Love Yous Are For White People(「I love you」は白人の人たちのためにある)」は、白人嫌悪の気質がある著者の父親がLacに突然「I love you」と言われたのに対して、それは白人の文化だと激しく叱責する場面からきています。著者と彼の家族はインドシナ難民としてアメリカ国内で言葉の違いや学校文化の違い、アメリカ人からの言葉による激しい差別等、多くの困難を経験します。その中でも顕著に描かれているのが、著者の父親の厳しさと激しい干渉性です。全章を通して、著者の教育や友人関係に対する父親の過度な干渉や、度重なる叱責の経験を鮮明に描き出しています。Lac自身の幼少期におけるアメリカでの生活をメインに描かれているこの本、実は"移民の子ども"が経験する困難や苦しさだけではなく、その裏で"家父長制社会からの男性移民"がぶつかるであろう新天地での困難を淡々と明らかにしています。

 

-家父長制の悪は誰か

家父長制は宗教や文化的風潮、法制度等を根拠として形作られる社会システムで、家族という単位において、男性(家父長)が女性よりも家庭内で優位に立ち、権力を保持するという特徴を持ちます。基礎となるのは家族という単位ですが、社会の最小構成集団である家族内で男性が権力を有するということは、その社会全体において男性優位となる構造が自然と形作られます。儒教の影響で日本を含む東アジア諸国ではこの家父長制の風潮が社会に未だ根強く残っていると言われています。

 

家父長制が最近よく取り上げられる領域は、ジェンダー学や女性学、家族社会学などでしょうか。私も実際ジェンダー学の授業を秋学期履修していましたが、家父長制を意味する"Patriarchy"という単語はよく出てきました。これらの領域で家父長制が語られるとき、大抵は"特権を持つ男性"と"抑圧される女性"という構図が強調され、男性こそが社会において男女間の不平等を強化する悪の権化だというような口調で語られるようなことが多い気がします。こんなことを言うとフェミニストの方々(あくまでも私自身もフェミニストです)に批判されてしまいそうなんですが、男性もほとんどの人は女性を抑圧したいと思って生きているわけでなく、多くは社会のダイナミクスの中で無意識にジェンダー間の不平等を強化してしまっていると言ったほうが正確だと思います。男性を再教育すればこの問題が解決するといったそんな単純なものではないわけで、社会全体のシステムや構造にメスを入れる必要があるのではないかなと感じます。例えば男性の方が女性よりもあらゆる面で優れているとするステレオタイプを付与するメディアとか。

家父長制を含む男女間の不平等の原因を男性に置くというのは的外れと言っても過言ではないと思います。同時に、家父長制を"男性が利益を享受する"システムだと理解するのは危険です。Lacの書いたこの本は男性がいかに家父長制から負の影響を受けているかという気付きを与えてくれています。女性視点から家父長制を見る、のではなく、男性視点から家父長制を見ると家父長制とうい社会システムに隠されている問題を理解することができると思います。

 

-社会経済的地位の変化と家父長制

移民のメンタルヘルス研究の領域では多くの研究が社会経済的地位の変化がメンタルヘルスに与える影響について指摘しています。特に難民の場合、母国の社会状況が原因で自らの意思に反して他国に逃れてくるので、母国では一定の社会的地位を保持していた難民がいることは容易に想像できます。Lacの父も同様で、ベトナム国内で移住前に住んでいたコミュニティー内では成功者として認識されていました(成功者としての地位を確立するまでは相当の苦労をしていたようですが)。一転して、アメリカ国内では低賃金の肉体労働に従事しなければならない状況におかれます。母国ベトナムで保持していた"社会的名声と名誉"は一瞬にして崩れ去ります。この社会的地位の変化がLacの父の精神にどれだけの苦痛を与えたかは想像するに易いでしょう。一方、ここで加えて述べておきたいのが、家父長制と社会経済的地位の変化の関係についてです。予め述べておきますが、ベトナムも日本や韓国、中国と言った東アジア諸国と同様、儒教(特に中国との国境を有する北部)や土着風習の影響を受けて家父長制の風潮が根強く残る社会だと言われています。Lacの父もこの家父長制の根強く残る社会の影響(家父長としての特権を家庭内で有する)を強く受けていたに違いありません。しかしながら、アメリカに移住後、Lacは学校教育を通じて父よりも早くに英語を習得していったので、外出する際にLacの父は自らの息子に言語面で頼らざるを得ない状況に置かれます。また、本の10章で、Lacの父が慢性リウマチと鬱であると診断された際の状況を次のように述べています。"He hobbles around the house complaining that no one in the family respects his authority because of his weakness(彼は貧弱さゆえに家族のだれも彼が持つ権力を尊重しないと嘆きながら家の中をよろよろと歩き回っていた。)." 言葉も通じず、十分の稼ぎも得られない上に、家族に看病されなければならないその状況は、Lacの父の社会的地位の変化のギャップをより大きいものにしたはずです。家父長制社会から逃れてきた難民であるという状況が社会的地位の変化によるLacの父の精神的苦痛を強化したと言えます。この彼の状況を鑑みると、Lacの父の過剰とまで言える厳しさにも頷けます。Lac自身は父の厳しさの理由についてこの本の中で述べてはいませんが、私が推測するにLacの父の厳しさは彼の家庭内での権力を維持するための、移住による地位の変化に対するリフレクションだったのではないかと思います。

 

-家父長制が家父長に付与する責任感

また、Lacは父と他のインドシナ難民との関係についても述べています。Lucの父は頻繁に他のインドシナ難民と集まり、互いの子どもの学校での様子について情報を共有していたそうです。Lacはこのようにも述べています。“They obsessively compare their children’s progress in America(彼らは異常なくらいに子どものアメリカでの進捗を互いに比べていた).” Lacの父が異常なまでにLacに対して干渉的であったことも理解ができます。家父長制は男性に家庭内での権力を付与すると同時に家父長としての責任も付与します。Lacの父は家父長として、新天地での息子や家族の成功に対する責任を強く感じていたに違いありません。さらに他のインドシナ難民からの自らの家庭に対する目も気にしていたことでしょう。家父長としての責任も、Lacの父の厳しさを増強させたと考えられます。

 

-問題の普遍性と移民の複雑性

Lucの父が経験した精神的苦痛は他のインドシナ難民やアジア系移民にも共通しています。本の中では、"Most of them can relate to what I'm going through(彼らのほとんどは私の経験に共感してくれていた). They have Asian fathers of their own who scrutinize and beat on them(彼らは厳しい上によく叱責するアジア人の父親がいた。)"とLacは自身の友人らについて述べています。家父長制社会からの移民男性は社会経済的地位の変化と決して順風満帆とはいかない新天地での家父長としての責任に苦しめられる可能性をこの本は示してくれています。日本の場合、長期滞在移民を見た時に、日本人男性と外国人女性の国際結婚の割合が多く、日本の移民研究においては移民女性に関しての研究が多いように見受けられます。しかし、つい最近の入管法改正によって多くのアジア人男性が日本国内に流入し、今後日本人女性と外国人(アジア人)男性の国際結婚や、母国から家族を連れて長期的に日本に滞在するアジア人男性が増加する可能性を無視できない状況であると言えます。日本の移民研究からはなかなか得られない視座をLucの著書からは得ることができます。

 

今回は家父長制と移民男性の関係について記してみました。

 

Kenta

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカで英語に触れて気づいたこと

アメリカの大学では秋学期がもうすぐで終わり一ヶ月間ほどの冬休みに入ります。ただ、その前に「ファイナル」と言って、学期末試験が来週あるのでまだまだ冬休み気分ではありませんが・・・ちょうど最初の学期末テストが今日終わり、残すは来週に控える2つのテストだけ。ですがまだまだ気が抜けません。一つテストが終わったので、息抜きに久しぶりに投稿したいと思います。

 

さてさて、夏学期にはこちらの英語プログラムで英語の授業を受けていたり、今も学部の授業を受けながら英語の勉強継続中の私ですが、アメリカで「英語」に触れて得た気付きを話したいと思います。

 

-日本人の完璧主義

英語について書く前に、日本人と日本語について少し長い前置きをさせてください。

日本人の英語学習者が抱えがちな「発音コンプレックス」。カタカナ英語という単語もあるように、日本人の話す英語はカタカナに強く影響を受けているため、多くの人がネイティブとかけ離れた自分の発音に自信が持てず、英語で会話するのをためらったり、「俺英語下手だなー」と自己嫌悪にすら陥ってしまう、なんていう経験をしたことがあるはずです。そう、完璧主義なんですよね。日本人は英語を学ぶとき、よくネイティブ並の英語力を目標にしたりしますが、正直何十年も英語圏で英語を母語として生きてきた方々にものの数年で追いつくのは無理な話です。

 

この日本人の完璧主義、自分の心にとどめておけばそこまで問題ではないと思うのですが、他人にも完璧さを求めちゃう気質があるような気がします。「外国人の日本語」を例にします。外国人の日本語を評価するときどんな風に表現するでしょう。きっと多くの人が「下手」か「上手い」で評価するはずです。「0」か「1」の選択です。単語力も言葉選びも発音もアクセントもすべて完璧だと「1」。どれか一つでも完璧でなければ「0」。いくら意志の疎通がスムーズにできても、アクセントの癖があったりすると「下手」と判断されてしまう場合も少なくはないはずです。

 

最近全米テニスで優勝した大坂なおみ選手がニュースで頻繁に取上げられていましたね。彼女の第一言語は英語のようですが、よく彼女の日本語での試合後スピーチがニュースで流れていたりします。ですが、そのスピーチの際、いくら彼女の日本語が周囲の理解できる日本語だったとしても、彼女の「カタコト」の日本語はきっと「下手」だと判断されるでしょう。あるテレビ番組は彼女の日本語をわざわざカタカナで表記しています。

 

-3年連続で3回戦進出ですが今の気持ちは?

「でもいつも同じじゃない? ウレシイト キンチョウシテタジャナイ 今はうれしいとなんか…レンシュウシタイ」

blogos.com

 

伝わる日本語でも、「She is not good at Japanese」なんです。

 

-英語の多様性

アメリカだとこの評価の仕方が違います。伝わる英語を話せていれば「下手」だと評価するアメリカ人は基本いません(文法ゼロ、単語ゼロ、ずっと口ごもってるような場合はもちろん例外ですが)。ただ、アクセントや発音ってそう簡単にネイティブと同等にできるようになるモノじゃありません。そんな時、アメリカでは大抵「He has a strong accent(アクセントの癖が強い)」という評価になります。この表現だとアメリカ英語を基準・普通としているように受け取れるので個人的には完全に納得できる表現とは言えないのですが、少なくとも「下手」ではないんです。「アクセントの癖が強い」だけなんです。そもそも、英語という言語そのものも「American accent」、「British accent」、「Indian ancent」のようにアクセントで分類されるように、英語そのものが違いに寛容であるとも言えます。英語が第一言語ではない国についても、「Europian English accent」、「Chinese English accent」なんて言ったりもします。この考え方だと、そもそもアクセントはアイデンティティみたいなもので、向上させるモノでもなければ直すモノでもない。

 

-違いに不寛容な日本語?

日本語が公用語である国は日本だけですから、一概に複数国で公用語とされている英語と比較するのも酷ですが、純日本人が話す日本語を基準として、それに当てはまらない日本語は基準外で正しくないと見なされる傾向があるように思います。

 

その一方で、日本国内の日本語の違いには寛容さが見受けられます。東北の方言や大阪弁等の国内に存在する方言は少なくとも「正しくない」と判断されることはありません。日本語は実は多様性と寛容性を備えている言語なのかもしれません。

 

つい最近、入管法改正法案が衆院で可決されましたね。この改正があれど無くとも、今後日本国内の外国人住民や外国にルーツをもつ住民が増えることは間違いありません。実は寛容性を備えている日本語、完璧主義な日本人、今後増加する日本語が第一言語ではない住民。住み心地の良い日本に変えていくためには、日本語の新しい多様さに私たちが寛容でなければならないと思うんです。

 

いろんな「アクセント」の日本語が心地よく飛び交うような社会って素敵だと思います。多文化社会、多文化共生という言葉が最近よく取上げられていますが、多文化や多言語とういう視点だけではなく、日本語の多様性も多文化共生において重要な点ではないでしょうか。

 

Kenta

 

 

 

 

 

留学の目的

2回目の投稿は、私がなぜ休学をしてまでアメリカに留学したのかをお話しできたらと思います。ところで、今週は今受講している講義で初めてのテストがあり、ちょっと忙しい一週間でした。結果はともあれ、とりあえず乗り切れたので一安心です。

 

さてさて、なぜ今留学をしているのかとうお話ですが、前回の投稿でも少し触れた通り、私は「トビタテ留学JAPANA!」という文部科学省と民間企業が協働して行っている留学生支援プロジェクトの第8期生として留学しています。

 

トビタテって何なの?

https://www.tobitate.mext.go.jp/

簡単に言うと、日本の大学生・高校生に留学中の月額奨学金や授業料補助、留学準備金等、経済的な支援を得られるプログラムです。その他にも、多様な分野で学ぶクレージーな全国の大学生とネットワークを築ける、充実した事前事後研修を提供してくれる等、多くのメリットがあるプログラムです。※奨学金の金額は留学先の国によって変動します。学生は自分の留学のテーマや留学先国・機関、活動内容(インターン等の実践活動を含む)を自由に決め、応募することができます。

 

こんな素敵なプログラム、他にないですよね。ただ、2020年までの予定で行われている事業なので、その後どうなるのかはわかりません…もしかしたらもう終了してしまうかも?…

 

ではでは、私はこのプログラムを利用してどんな目的で留学をしているのか…

一言で行ってしまうと、「ソーシャルワーカーとしての文化的コンピテンスを学ぶ」こと。ソーシャルワーカーっていうのは、日本語で言うと社会福祉士?(個人的にソーシャルワーカーを資格名である社会福祉士に訳すのは正直好きではないです…)のことで、主に行政の福祉機関や民間の福祉関連施設で相談員として働く人を指します。相談者の生活の質の持続・向上を目的として、生活上で生じている困難を面接等を通じて、相談者自身、他関係機関と協働して解決していくが仕事です。

 

文化的コンピテンスは「文化的力量」とでも言えますかね。つまりは、ソーシャルワーカーとして、相談者の文化的なバックグラウンドをいかに的確に把握し、支援過程で配慮できるかどうか、という専門職としての能力を指しています。

 

なんでソーシャルワーカーに文化的コンピテンス?

ここは日本の高等教育での社会福祉教育の欠陥だと個人的に考えているのですが、基本的に相談者は「日本人」であるという暗黙の了解に基づいた教育が日本ではされています。つまりは、ソーシャルワーカーと相談者の言語も文化的なバックグラウンド(日本人としての)も同一であるという前提が敷かれているんです。(一部日本人に縛られない多様な文化的バックグランドを持った相談者も視野に入れて教育をしている大学もあります。)

 

日本の大学の社会福祉学部で2年間の社会福祉教育を受けた私は、ここでちょっと疑問を感じたわけで。というのも、いくら同質的だといわれる日本社会でも、外国人住民や外国のルーツを持っている人は一定数生活しているわけで。おいおい、彼らの存在、完全に無視しちゃってるじゃん!って思ったんです。将来、ソーシャルワーカーとしてそういった人たちが相談者として私の目の前に来たとき、私はきっと的確な支援ができないぞ、と。しかし、支援者として外国人に関わったり、文化的コンピテンスを学ぶ機会は日本ではかなり限りがあります。そこで思い至ったのが、アメリカ留学でした。ソーシャルワークの先進国である上に、多民族国家であり、異文化間での支援の膨大なノウハウが蓄積されているアメリカ。これほど私にあった国はないと思ったんです。

 

留学の内容について…

英語は好きなものの、「英語力」は壊滅的だった私は留学開始から約3か月間、大学付属の集中英語学校で英語を学びました。なので、秋学期(8月から)が私の留学の本番といってもいいかもしれません。

 

秋学期は、4つの授業を受けています。「Cultural Anthoropology(文化人類学)」、「Race and Ethnic Relations(人種と民族)」、「Gender studies(ジェンダー学)」、「Rise of East Asia(東アジアの繁栄)」というラインナップ。これは知識面から文化に対する理解を深めようと受講しています。

さらに、夏学期に生徒としてお世話になっていた集中英語プログラムで週に数回インターンをさせてもらっています。インターンといっても授業やほかの活動と並行してなので、イベントの補助やデスクワークなどの簡単なお仕事をさせてもらっています。インターンでは留学生と関わることが多く、友達以外の関係性での異文化コミュニケーションを肌で学んでいるところです。

加えて、留学先の大学で日本の国際結婚家族についての研究をされている教授の下で、研究のアシスタントをしています。基本的にインタビューデータの文字お越し作業や日本語文献の英訳がメインです。国際結婚家族の物語は私にとって一つ一つ興味深く、こんなケースもあるのかと、インタビューごとにいろんな学びが得られます。日本では外国人当事者ではない私は、こうやって当事者のナラティブを聞くことが何よりも大切な気がします。それに、調査法についても勉強させてもらっています。

 

このほかにも、トビタテの活動の一環で留学先で「Japanese cultural hour」の運営に関わっているので、その活動の様子も、後ほど投稿できたらと思います。

 

次の投稿はおそらく今受けている授業の内容について書くことになるかと思います。

 

Kenta

 

 

 

 

 

 

 

このブログについて

今年の4月の終わりからアメリカのオハイオ州の大学に留学し、約4か月が経過しました。日本では地方公立大で社会福祉を専攻し、3年次を1年休学してこちらに来ています。私の場合、多くの大学生が利用する交換留学制度は利用しておらず、トビタテ留学JAPANという官民協働の留学促進プログラムの8期生として採用され、留学しています(トビタテの内容については別の投稿で触れたいと思います)。

普段の生活の中でFacebook等のSNSでは書ききれないことがたくさんあったので、可能な限り留学中の経験や学びを言語化し、自分の中に落とし込めたらと思い、ブログを初めてみることにしました。授業での学びや留学生活の日常等、月に1~2回程の頻度で書き込んでいこうかなと思います。

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【4月から留学していたのにどうして9月になって今更ブログなんか始めるの…?】

 

アメリカの多くの大学では、5月上旬から8月下旬が夏学期、8月下旬から12月中旬が秋学期、1月上旬から4月下旬が春学期の3学期制を採用しています。なので私の場合は夏学期から留学を始めたことになります。

"留学を始めた"といっても、実は夏学期からいきなり学部の正規科目を受講していたわけではありません。夏学期の間は"ESL(English as a second language)"と言って大学が提供している留学生受けの集中英語学習プログラムの授業を受けていました。留学前の私の英語力は正直誇れるようなレベルではなかったです…。 そのため、秋学期から学部の授業を履修することを目指して、夏学期は英語を集中的に学んでいました。また、夏学期はほとんどの現地学生にとっては夏休みにあたるため、キャンパス内の学生数は圧倒的に少なく、学内イベントも片手で数えられるくらいの寂しいもの…もちろん、集中英語学習プログラムを通しての学びもたくさんあります(後々夏学期のことも書き込むつもりです)。

一方で秋学期からは現地学生との交流だけではなく、学部授業履修の他、様々な活動に関わっているので、かなり忙しい日々です。正直、自分の頭に入ってくる情報や学びが多すぎて、抱えきれない状態なので、それをブログで大放出しようかなと思い至りました。完全に自己満足のブログです。ご注意ください。

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【どんなことについて書くの?】

基本的には、授業の内容に関してや学内外のイベントの様子、トビタテに関わる活動について書き込むつもりです。具体的な項目は↓な感じです。

・履修している授業

・大学内外で参加したイベント

・英語プログラムでのインターン

・リサーチアシスタントの仕事

・トビタテ留学JAPAN

・日本の文化発信

・課外活動(剣道部での活動)

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次のブログでは留学の目的について触れるつもりです。では、また。

 

Kenta